レーザー光を集光することで、焦点付近に微小な物体を捕捉する技術を「光ピンセット」といい、この技術を利用することで、細胞などの小さくて柔らかいものを精密に制御することが可能となります。光学異方性を持つ物体であれば、光電場の振動方向が回り続ける円偏光を照射することで、物体を回転させることもできます。この回転は、非接触で制御できることから、マイクロ流動場デバイスとして有用であります。デバイスとして応用するためには、そのエネルギー効率が重要となります。そこで本研究では、内部構造の制御が容易な液晶液滴 (光学異方性粒子) を用いて、その内部構造と回転メカニズムの関係を調べ、エネルギー変換効率の評価を行いました。さらに、エネルギー効率の高い液滴を用いて、制御可能なミクロ流動場の構築に成功しました。この研究成果は、Scientific Reports に掲載されています。
細胞などの微小な物体の特性を調べるためには、マイクロスケールでの精密操作が重要であります。レーザー光を集光することで実現できる光ピンセットは精密操作に有用なツールであり、コロイド、微生物、細胞などの小さい物体の精密操作が可能であります。この光ピンセットは、光の持つ運動量・角運動量を物体に受け渡すことにより、物体の並進・回転操作を行っています。例えば、光学異方性[1] を持つ物体に光電場の振動方向が回り続ける円偏光を照射することで、物体を連続回転させることができます。このとき、物体の回転方向は円偏光の向き (右回転・左回転) によって制御することができます。さらに、光ピンセットとホログラフィー技術を組み合わせたホログラフィック光ピンセットを用いることで、トラップパターンを任意に制御することができ、複雑な操作が可能となります (図1)。
液晶とは、流動性と結晶が有する光学異方性の両方を持つ物質で、液体と結晶の中間の性質を示します。多くの液晶分子は棒状の分子であり、その向きによって光学特性が変化します。例えば、私たちが使用するスマートフォンの画面なども液晶が使用されており、その鮮やかな色彩は液晶分子の向きを精密制御することで実現されています。この液晶を液滴にしたものを液晶液滴と呼び、光学異方性を持つことから、円偏光を照射すると回転運動を行います (図2)。また、液晶が有する流動性のおかげで、液滴の大きさ、温度、界面活性剤の滴下量などを変化させるだけで、内部構造 (液晶分子の配向) の制御が可能です。
この液晶液滴は光ピンセットにより非接触で制御でき、かつ、マイクロスケールでのサイズ制御も可能なので、マイクロ流路デバイスとしても有用であります。この液晶液滴をデバイスとして応用するためには、高効率に回転運動を誘起する必要があります。そこで我々は、ネマチック液晶とコレステリック液晶の 2 種類の液晶[2] を用いて、内部構造と回転メカニズムについて調べ、エネルギー変換効率の評価を行いました。さらに、マイクロ流路デバイスへの応用を目指し、これら液滴を用いたミクロ流動場の構築に取り組みました。
我々は初めに、ネマチック液晶液滴の大きさを変化させ、液滴に与えられる光トルクについて調べました。粒径が 4.5 μm 程度までは、粒径が大きくなるとトルクも大きくなるのですが、粒径が 4.5 μm を超えると、図3 に示すように、トルクが粒径に対して振動することがわかりました。このように振る舞いが変化する理由を突き止めるため、粒子観察を行ったところ、小さい粒子と大きい粒子で、内部構造が異なることがわかりました。さらに、その内部構造の転移点というのが、振る舞いが変化する粒径と対応していることもわかりました。大きい液滴では内部構造が bipolar となり、波長板効果[3] による寄与が支配的であることがわかりました。一方、小さな液滴では、内部構造が等方的な preradial となり、異方性が重要である波長板効果の寄与が弱まるため、散乱効果[4] が支配的になることがわかりました (図3)。これら液滴のエネルギー変換効率を評価したところ、異方的な内部構造をもつ bipolar 液滴が高いエネルギー変換効率を有することがわかりました。
ネマチック液晶液滴の結果から内部構造がエネルギー効率に影響していることがわかったので、内部構造の異なるコレステリック液晶液滴について調べました。コレステリック液晶液滴は内部にらせん構造を持つことから、「円偏光と相性が良いのではないか、そして、エネルギー効率もさらに良くなるのではないか」、という期待から、コレステリック液晶液滴を選びました。しかし調べてみると、ネマチック液晶液滴より効率が悪く、さらに、らせんのピッチを短くしていくと、らせんの向きと同じ向きの回転しか起こらないことがわかりました。らせん構造を有する物質に円偏光 (らせんと同方向) を照射すると、らせん構造に起因した反射
これら液滴の応用として、回転液晶液滴を用いた制御可能なミクロ流動場の構築に取り組みました。その最初のステップとして、回転液晶液滴が誘起する流動場について調べました。観察の結果、周囲の流体 (水) は回転液滴を回るように流れており、理論値との比較から、回転する固体粒子が誘起する流動場とよく一致することがわかりました。この結果から、水中では液晶液滴は固体粒子と同じように振る舞うことがわかりました。このことは、液晶の粘性が周囲の水より高いためだと考えられます。次に、高度なミクロ流動場制御を目指し、トラップパターンの制御が可能なホログラフィック光ピンセットと液晶液滴を組み合わせた系を構築しました。この系を用いることで、2 粒子系における流動場の制御に成功しました (図4)。この系では、トラップする粒子の個数だけなく粒子の空間的な配置も制御することができるため、高度な流動場の制御が可能となります。
今回の研究では、液晶液滴の内部構造が、その回転メカニズムやエネルギー効率に大きく影響していることを明らかにし、液晶液滴を用いた制御可能なミクロ流動場の構築に成功しました。ミクロな流動現象は、微生物の集団運動や細胞分離など、様々な場面で見ることができます。そのため、微生物の運動メカニズム解明などの基礎研究から医療診断等で使われる細胞分離などの応用面においても、今回構築した手法は有用なツールになると考えています。現段階では、光ピンセットを利用していますが、よりエネルギー効率が高い粒子をつくることができれば、レーザーポインターなど比較的安価なもので、簡便に利用できるようになると考えています。また、自己組織化などの現象と組み合わせることで、流動場の空間的な制御も簡単にできるようになれば、さらに多くの人に利用される技術になるのではないかと考えています。
当初の予定では、液晶液滴ではない他の実験を行う予定でしたが、半導体不足のせいで実験装置の納期が遅くなってしまい、この研究を進めることにしました。いざ、実験してみると面白い結果が出てきたので、ひとつのことに拘らず、臨機応変に対応していくことも重要なんだなと思いました。ちなみに、実験装置は約 1 年遅れぐらいで、納入されました (笑)。
Note:
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