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遺伝子に刻まれた自然史(

ヌマスギの翻訳領域DNAから探る分布域変遷と局所適応

著者

将来の環境変化によって生物に何が起こるかを予測するには、過去の環境変動時に何が起こったかを知ることが重要です。進化遺伝学研究室の池崎由佳さんらの国際研究グループは北米大陸に生息するヌマスギの核DNA翻訳領域の遺伝情報を読み取り、氷河期を包括する長い期間でのヌマスギ分布域の変遷を明らかにし、さらに環境変動後の局所適応にかかわった遺伝子の候補を特定しました。研究成果はAmerican Journal of Botanyに発表されました。

池崎 由佳(システム生命科学府 / 現所属:九州大学生体防御医学研究所)
取材・構成:関 元秀(理学研究院)

現在から過去を知る

地球環境は常に変化しています。温暖化が現在のペースで進行していく場合、各地の生物相biota(その地に生息する生物種の全リスト)はどう変化するでしょうか。分布が南北方向にシフトして、たとえば現在東南アジアに住んでいる生物種が日本列島にやってくるのでしょうか。それとも各地で適応進化が起こり、たとえば現在日本に生息している温帯気候に適応した生物種から、熱帯気候に適した形質をもつ変種が生み出されていくのでしょうか。

急激な温暖化のような環境変化にともなう生物相変化を予測するには、かつての環境変化で何が起こったのかを知るとよいでしょう。有史以前の環境や出来事は化石を分析して推定するのが一般的ですが、必要なものが化石となって残っているかどうかは不確実です。一方、化石と比べて入手しやすい別の手がかりがあります。それは現在生きている個体それぞれがもっている遺伝情報です。

遺伝情報が教えてくれること

生物の遺伝情報の実体は、1個体をかたちづくる細胞のひとつひとつが数~数十本持っているDNAデオキシリボ核酸deoxyribonucleic acid)分子の塩基配列(塩基の並び方)[1]です。1本のDNA分子はさらに、いくつもの「情報のまとまり」に分けることができ、ひとつひとつのまとまりが遺伝子geneと呼ばれるものです。遺伝情報は親から子に部分的に[2]受け継がれるものですから、他人同士よりもきょうだい同士のほうが顔などの特徴に類似点が多いのと同じように、血縁関係が近い個体ほど遺伝情報に共通部分が多くなります。この性質を活用して、2個体それぞれから採取したDNA分子の複数の遺伝子の塩基配列を読み取って、遺伝子配列にどれだけ共通・相違点があるかというデータから、2個体の系統lineage(家系)がいつ分岐したのかを推定する方法が開発・改良されてきました。

様々な集団の個体から採取したDNAを用いて大規模な系統分岐年代推定を行うと、それに付随して様々なことがわかります。たとえば現生人類はアフリカで発生してそこから地球上の各地に進出していった[3]と考えられているので、人類のなかでヨーロッパ系統とアフリカ系統が分岐した年代がわかれば、それは人類がヨーロッパに進出した年代とほぼ重なるはずです。同じような解析が様々な生物種を対象に行われています。

ヌマスギ

過去から現在に渡る様々な環境変動の中で植物集団がどのように分布域を変遷させてきたのかを推測するために池崎さんの研究グループが長年研究対象としているのが、北アメリカの水辺に生息する針葉樹・ヌマスギcypress[4]です。ヌマスギは現在フロリダからミシシッピ川流域をまたいでテキサスまで広く分布しています(図1)。これらの地域は現在どこも温暖ですが、およそ7万年前~1万年前の最終氷期last gracial periodには大半が寒冷で、ヌマスギが生息できた地点はフロリダ、ミシシッピ川流域の南部、テキサス南部のメキシコに近い地域などごく限られた温暖な地域だけだったと考えられています。ヌマスギの祖先はこの時、どこでどのように生活していたのでしょうか。

図1
図1ヌマスギの分布域 黒丸は今回の研究で用いたサンプルを採取した地点。(Ikezaki et al. 2016の図を改変転載)

ヌマスギにはさらに、流れの速い河川沿い環境に好んで生息するbald変種bald cypressと、流れの停滞した池沼環境を好むpond変種pond cypressという、2変種が存在します(図2)。2変種は見た目が大きく異なり(根の発達した器官である気根aerial rootや葉の形など)簡単に区別することができます。変種間の違いは、遺伝的な違いによるものではないかと考えられていますが、長いDNA配列のごく一部を切り取って比較してみると、2変種間の分化の程度を表す固定指数は平均で3%程しかありません。ところが、一つ一つの遺伝子に目を向けると、変種間で20%程度の大きな違いを示すものがいくつか見つかってきました。こうした違いの大きな遺伝子は、2変種で異なる環境への適応進化に関係している可能性があります。適応進化に関係する遺伝子(適応候補遺伝子)を見つけるには、それぞれの遺伝子がコードするタンパク質の性質を決める特定の配列(翻訳領域coding region)の情報を得る必要があります。

図2虫眼鏡をもったきゅうりくん@右下
図2ヌマスギ2変種 (a) bald変種。主に流れの速い河川沿いに生息する。撮影地:ルイジアナ州キャットアイランド国立野生生物保護区。(b) pond変種。流れの停滞した沼地に多く見られる。撮影地:ルイジアナ州ジョイス州立野生動物保護区。画像をクリック・タップすると、気根と呼ばれる地面から出て上向きに伸びる根や葉のかたちの比較写真を見られる。

今回の研究では、フロリダ3地域・ミシシッピ川流域4地域・テキサス2地域の9地域から集めた72個体のbald変種と、フロリダ2地域・ミシシッピ川流域1地域から集めた24個体のpond変種をサンプル分析しました。これまでの研究では生物の機能に影響を及ぼさない(進化的に中立)と考えられるマイクロサテライト領域から遺伝情報を取り出していました。これに対して、今回は一度に大量の遺伝子配列を解読できる次世代シーケンサーnext generation sequencerを用いて、適応進化に関係する遺伝情報が記されているかもしれない部分(翻訳領域)を47種類の遺伝子から取り出し、その遺伝情報を分析[5]しました。

解き明かされるヌマスギ分布拡大史

分析結果のなかには、これまでの推定とは異なる新発見が複数ありました。研究グループはまずbald変種に注目し、全72個体が地理的にどのように系統分けされるかを分析しました。72個体は2系統に分類されました。それぞれのメンバーを見てみると、フロリダ3地域に生息する24個体がひとつの系統(フロリダbald集団)を、それ以外の6地域48個体がもうひとつの系統(ミシシッピ・テキサス集団)を構成していました。ミシシッピ東西岸とテキサスのヌマスギの遺伝情報がある程度似ていて、1つの系統にまとめられたのがポイントです。これまで、この2地域の集団は祖先となる集団が違っていて、遺伝的に異なっているのではないかと考えられていたからです。

さて、これまでミシシッピ・テキサス集団とフロリダbald集団が分かれた年代は約1万年前(最終氷期が終わった頃)と考えられていました。北アメリカでは、ヌマスギのほかにカエデやブナなども分布域の東部と西部で遺伝的な違いがあります。そしてその遺伝的な違いは、厳しい氷期に植物がいくつかの集団に分断された、という考え方で説明ができます(分断仮説)。これらの植物は氷期が始まるまでは広い地域に分布していましたが、氷期になると寒さに適応できずに分布域を狭め、フロリダ半島全域、ミシシッピ川南部、テキサスのメキシコ寄り等に点在していたごく限られた温暖な地域、レフュージアrefugium (複: refugia)に運良く生えていた個体だけが生き延びて子孫を残した、と考えられるのです。この時、別々のレフュージアに生息している集団どうしは完全に切り離されていたため、各地域で別々の系統が生じ、現在にも見られる遺伝的な違いが生じた、という説です。ヌマスギでも、この説に従って約1万年前頃にフロリダbald集団とミシシッピ・テキサス集団という別々の系統ができたのだと考えられていました。

ところが、今回の分析では、ミシシッピ・テキサス集団がフロリダbald集団から分かれたのは実は今から300~400万年前にもさかのぼるという、上記とは大きく異なる推定結果が出てきました。遺伝情報に違いがある理由も、分断仮説とは異なるものでした。過去の集団の大きさの推定から、ヌマスギのbald変種はもともとフロリダ半島にだけ存在し、300~400万年前から徐々に西へと分布域を広げていって、今のミシシッピ・テキサス集団を形成していった、と考えられるのです。地球の歴史から見ると比較的新しい時代の氷期の影響による分布域の縮小ではなく、かなり古い時代に縮小とはちょうど反対の分布域の拡大によって異なる系統がつくられていった、という推定結果が出たのは驚きでした。

局所適応—baldとpondを分ける遺伝子

次にフロリダのbald個体とpond個体の遺伝子配列を比較すると、2変種はそれぞれ異なる2種類の系統に分類されました。bald変種とpond変種の遺伝的な違いをこれ程はっきりと検出できたのははじめての結果です。これは、2変種が異なる環境に適応するのに関係した適応候補遺伝子を複数発見できたことによるものです。2変種の基本的な遺伝情報にほとんど違いは見られませんでしたが、4つの遺伝子で明白な違いが見られました。bald変種とpond変種の目に見える違いは、こうしたいくつかの適応候補遺伝子の効果の積み重ねにより生じていると考えられます。さらに、pond変種の系統はbald変種の集団の一部が分かれて生じたこと、2つの変種に分かれたのは約650万年前に遡ることが推定されました。地域的な分化と同様に、変種の分化もかなり長い時間をかけて生じていったものだと考えられるのです。

適応候補遺伝子は、一例を挙げると、根から吸収した栄養素のアンモニアを体の中に運ぶ機能に関わる遺伝子(アンモニウムトランスポーター)が検出されています。2変種の生息域では栄養環境が異なっていて、bald変種の生息する流れの激しい河川沿いは栄養素が豊富ですが、pond変種の生息する流れの停滞した池沼域は比較的栄養素が乏しい環境にあります。未確定の結果ではありますが、bald変種の一部で流れの停滞した土地に生息するために局所適応が起こり、低栄養源の環境に強い形質をもった系統の個体数が増え、pond変種となっていったのかもしれません。

今後の展望

なぜヌマスギでは氷期よりずっと古い時代に分化が生じたのか、300~400万年前の気候がなぜヌマスギの分布域を拡大させたのかは、まだ分かっていません。その時代の気候条件の推測と現在の植物の好む環境条件のデータを使って、過去から現在までの分布域の推測を行うSpecies Distribution Modelという解析方法を取り入れることで、ヌマスギの分布域の変遷をより詳しく知ることができるようになるかもしれません。ただし、300~400万年前という古い時代の環境については分からないことも多く、また膨大な時間での分布域の違いをシミュレーションする必要があるので解析方法には工夫が必要です。また、ヌマスギは環境への適応と遺伝的な要素との関係を調べるのに適した種でもあります。北アメリカ南東部の比較的広い範囲に生息しているので、分布場所によって環境が大きくことなるからです。テキサスのような西部ではひどい干ばつに見舞われますが、ミシシッピ沿岸域では幹の上部まで浸かる程の激しい洪水に襲われ、イリノイ州のような北部ではかなり寒冷な気候で生息しています。ヌマスギがなぜ多様な環境へ適応できるのか、遺伝的な観点からの研究を進めることができます。

研究こぼれ話

次世代シーケンサーという機械の登場で、1人のヒトがもつ31億塩基対のDNA配列を全て確定する作業が、飛躍的に早く、簡単になりました。今回の研究でも次世代シーケンサーを用いたのですが、1本の長いDNAの情報を端から端まで読むために設計されたこの機械を、複数個体からとってきた何本もの中くらいの長さのDNAを読むために使うのは、簡単ではありませんでした。今回の研究では、たとえば情報を読み取る前のDNAに個体ごとに異なるDNAタグを挿入しておき、情報読み取り時にどの個体のDNAなのかわかるようにするなどの工夫に多くの時間がかかりました。今後の研究では、今回手に入れたノウハウを使ってより早くより簡単に、読み取りを進めることができるでしょう。

Note:

  • [1] 1個体の遺伝情報を1冊の本に例えるならばDNA分子はひとつの章、遺伝子はひとつの文、塩基はひとつの文字です。文字の並びから文ができ、いくつもの文で章がつくられます。
  • [2] たとえば哺乳類ならば必ず父親と母親がいますから、子はそれぞれの親の遺伝情報の半分しか受け継ぎません。そして受け継がれた情報にも、コピーミスが含まれている場合などがあります。
  • [3] 実は「現生人類の発生地はアフリカである」というのも、現代の人々の遺伝情報から推定されていることです。
  • [4] ヌマスギは落羽松ラクウショウとも呼ばれますが、生物分類ではマツ科ではなくヒノキやスギと同じ科に分類されます。
  • [5] 本記事では省略しましたが分析手法もこれまでよりも高度なものを使い、個体数の増減や分集団間遺伝子流入の程度なども推定しています。

より詳しく知りたい方は・・・

タイトル
Inferences of population structure and demographic history for Taxodium distichum, a coniferous tree in North America, based on amplicon sequencing analysis
著者
Yuka Ikezaki, Yoshihisa Suyama, Beth A. Middleton, Yoshihiko Tsumura, Kousuke Teshima, Hidenori Tachida, Junko Kusumi
掲載誌
American Journal of Botany 103:1937–1949 (2016)
研究室HP
進化遺伝学研究室
キーワード
ヌマスギ、翻訳領域、次世代シーケンサー