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若手科学者賞の受賞に寄せて(

文部大臣表彰若手科学者賞の受賞に寄せて

このたび、大学院理学研究院化学部門の松島綾美助教が「平成23年度科学技術分野の文部科学大臣表彰 若手科学者賞」を受賞されました。そこで松島助教に、受賞につながった研究「ビスフェノールとその受容体の構造活性相関の研究」について説明していただきました。この記事は理学部発行の広報誌「理学部便り vol.9」に掲載されているものと同じ内容です。

松島 綾美(理学研究院 化学部門)

此の度、平成23年度科学技術分野の文部科学大臣表彰若手科学者賞を拝受致しました。ここに理学部便り執筆の機会を頂いたことを、大変光栄に存じます。私は九州大学理学部化学科を卒業し、修士、博士、そして現在に至るまでずっと九州大学で研究・教育活動を継続して参りました。今回、このような形で表彰を頂いたことを心より嬉しく思います。

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 文部科学大臣表彰若手科学者賞を受賞した松島綾美助教。

私達がビスフェノールを研究するのは、化合物が生体に悪影響を及ぼす分子機構を解明するためです。特に、化合物と、それが結合する受容体との出会いに興味があります。これが、作用の発端となるからです。私達は、たくさんの有用な化合物に囲まれて、便利に生活しています。そして、これらの化合物と安全に付き合うには、化合物が体内で何と結合するか、あるいは結合しないのかを知ることが肝要です。

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図1 ビスフェノールAの構造。

このように広く利用される傍ら、1990年代後半に、ビスフェノールAが示す「低用量作用」が指摘されました。低用量作用とは、ごく低濃度のビスフェノールAが、前立腺肥大や、攻撃的な「キレる」マウスなどの異常を示すことです。特に、実験動物では、胎仔や幼体の脳・神経系に悪影響を及ぼすと懸念されています。ビスフェノールAの有害性については、現在でもその真偽について、世界中で議論が続いています。こうしたなか、カナダ政府は2008年に、そしてEUでも2011年1月に、ビスフェノールAをホ乳瓶に使用することを禁止しました。

受賞に繋がったビスフェノールに関する研究成果は、主に次の3つにまとめられます。(1) ビスフェノールAの特異的な受容体として、エストロゲン関連受容体γ型(ERRγ)を発見しました。(2) ビスフェノールAとERRγの結晶化に成功し、構造解析に成就しました。(3) 新世代ビスフェノールについて、ビスフェノールAFが、エストロゲン受容体α型を活性化する作動薬(アゴニスト)、β型を不活化する遮断薬(アンタゴニスト)として働くことを新発見しました。

まず1番目に、ビスフェノールAには、弱いながら女性ホルモン・エストロゲン様の作用があることが知られていました。そして、これがプラスチック製の実験器具から漏出したことは、シーア・コルボーンらによる「奪われし未来」という書籍でも紹介されました。しかし、ビスフェノールAのエストロゲン受容体に対する結合能は、非常に弱いものです。女性ホルモンであるエストロゲンの10,000分の1以下しかありません。そこで、ビスフェノールAは、エストロゲン受容体以外の受容体と結合するに違いないと考えました。ヒトには、エストロゲン受容体のような核内受容体が48種存在します。注目したのは、エストロゲン関連受容体という、エストロゲン受容体と似ていますが、全く別の核内受容体でした。エストロゲン関連受容体は、ヒトにはαβγの3つが存在します。実験の結果、ビスフェノールAは、γ型のみに、天然ホルモン並に非常に強く結合しました。しかし、αβ型にはほとんど結合しませんでした。さらに、エストロゲン関連受容体型の活性を調べました。意外なことに、ビスフェノールAが結合しても、結合しなくても、活性に差がありませんでした。

そこで2番目に、なぜビスフェノールAは、エストロゲン関連受容体γ型のみに非常に強くするのか? 強く結合するにも関わらず、なぜ、活性が変化しないのか? を解明するために、X線結晶構造解析に取り組みました。その結果、ビスフェノールAは、エストロゲン関連受容体型がとる自発的な活性型構造に、すっぽりと取り込まれて結合していることが判明しました(図2および3)。そのため、活性に直接的な影響を及ぼしません。しかし、受容体の活性遮断薬である4-ヒドロキシタモキシフェンの活性抑制を回復させる、重大な働きがあることがわかりました。

図2
図2 ビスフェノールAとエストロゲン関連受容体γ型の結合体の結晶。

さらに3番目として、最近では、ビスフェノールAの構造の一部を改変し、プラスチックの熱耐性などを向上させた「新世代ビスフェノール」が使用されています。ビスフェノールAの有害性が疑われる以上、これらにも同様の危険性があると考えられます。そこで、これらと女性ホルモン・エストロゲン受容体α型およびβ型の結合試験を行ったところ、ビスフェノールAFが女性ホルモン・エストロゲン受容体α型およびβ型に結合することが判明しました。これは、ビスフェノールAが、エストロゲン受容体とほとんど結合しないのとは対照的です。さらに、活性試験を行ったところ、α型には受容体を活性化する活性化薬、β型には受容体の活性を抑制する遮断薬として働くという興味深い新発見をしました。ビスフェノールAFは、ビスフェノールAとは違った機構で、生体に悪影響を及ぼす可能性があります。

女性ホルモン・エストロゲン受容体でさえ、α型とβ型の働きがどう違うのか、分かっていません。ましてや、エストロゲン関連受容体に関する研究は、ここ数年に始まったばかりです。私達は現在、ビスフェノールAの受容体であるエストロゲン関連受容体γ型の転写制御遺伝子を視野に入れて研究しています。そしてまた、ヒト核内受容体48種全てを標的として、研究を進めています。私達の豊かで安全な生活のために、こうした研究が、将来大きく貢献できると考えています。

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図3 X線結晶構造解析で解明した結合体の構造。

最後に、本研究を遂行するにあたり、本学大学院理学研究院構造機能生化学研究室の下東康幸先生には、学生時代よりご指導を頂きました。また、同じく野瀬健先生にご支援を頂きました。結晶構造解析に関しては、本学大学院農学研究院の角田佳充先生、木村誠先生、理学研究院生物科学部門の小柴琢己先生、川畑俊一郎先生にご教授頂きました。諸先生に厚く御礼申し上げます。そして、これまで一緒に研究して頂いた全ての皆様との出会いに深謝致します。

より詳しく知りたい方は・・・

掲載誌
理学部便り 9:2–3 (2011)
発行・著作
九州大学理学部
研究者情報
松島 綾美(九州大学-研究者情報)
研究室HP
構造機能生化学研究室