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量子生物化学研究室

スタッフ

  • 秋山 良 准教授
化学物理と生物物理の研究室です。主に理論的なアプローチを行っています。我々のグループでは、分子モーター、タンパク質の会合、電子移動反応などの様々な化学的現象および生物学的現象を、物理学の方法論に基づいて研究しています。我々は溶媒効果などの『化学現象における媒質の効果』に興味を持っています。それらの媒質の影響は軽微であると認識される事が多かったと思われます。しかし、媒質はしばしば溶質の運命を劇的に変えます。実際、タンパク質は特定の熱力学的条件下でのみ作用し、コロイド分散系の安定性は系の温度、塩濃度などによって調節されます。そして、それらの現象は生物学的機能に関係しています。私たちの主なツールは、熱力学、統計力学、分子シミュレーションなどのコンピュータを使った数値計算です。

1. 会議

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図1:Mini-Symposium on Liquidsの特集号の表紙

 頻繁に研究学術交流を企画しているという事は研究室を特徴づける特徴的な事の1つだと思います。毎年夏に液体に関するミニシンポジウム (Mini-Symposium on Liquids, MSL) を主催しています。これまでに岡山大学の甲賀グループと九州大学の我々のグループで、一年おきに開催をしています。国際シンポジウムを行った際に、Journal of the Physical Society of JapanJournal of Molecular Liquidsから特集号を出版しています (図1)。また、しばしば公開セミナーを開催しています。

2. 研究室における教育

 物質に関わる現象理解のあり方を変えてゆく為に、グループ内において共有している『基礎』として解析力学と統計力学があります。従って、グループに所属した学生は、まずそれらを学ぶ必要があります。そこで、学習プログラムとして所属初年度に教科書を使った勉強会があり、それらの基盤の習得のための十分な演習と議論の機会を作っています。苦労はしますが、学ぶ為のノウハウが十分に用意されており、所属した殆どの学生がこの課題を乗り越え、それらの基盤となる方法論を手に入れてきました。

 また、学生はFORTRANプログラミングを学ばなければなりません。具体的には、レナード・ジョーンズ粒子からなる流体系の分子動力学シミュレーションのプログラミングを各自で訓練として行っています。これも、容易でない課題の様に思われるかもしれませんが、これまた殆どの所属学生がこの課題をクリアしてきました。これらの課題をこなす事で既存の方法やプログラムを越えた所にある課題に取り組む為の準備をします。

 これらの基盤の上に卒業研究や大学院での研究が行われます。各研究は個別的な議論を行う事で進められますが、サマースクールへの参加や他研究機関などでの共同研究なども推奨されています。

3. 研究

 生命的現象、化学現象の中でも、特に溶媒 (水) 分子やイオンが作り出す媒質効果の大きな現象に興味をもっており、液体論の応用を主なアプローチ方法としています (図2)。以下、研究室で扱っているテーマの中から2つを紹介します。

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図2:しばしば単純なモデルを用いて化学的および生物学的システムにおけるイオンや溶媒分子による媒質効果を調べます。着目する溶質分子に比べて圧倒的に多く存在する媒質分子の粒子性を通じた間接的影響は、直感的に考えても無視できるものではありません。それどころか、しばしば溶質間の直接的相互作用よりも重要になります。そうであるにも関わらず、その理解の困難さからか、媒質効果は過小評価されて来た様に思われます。我々は現象の捉え方を(b)から(a)に切り替えてゆきたいのです。

3.1 負に帯電した巨大分子間の実効引力

 殆どの人は高校までに『帯電した粒子は、真空中で互いに反発する。』と学んで来たと思います。しかしながら、生体系において同符号の電荷を有する粒子間の引力はしばしば観察されてきています。例えば、アクチンモノマーは、負に荷電したタンパク質であるにもかかわらず、生体系において互いに引き合い線維を構築します。原因はいわゆる共有結合ではありません。

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図3:(a) マクロアニオン (青色球) 間の効果的な引力は、小さな陽イオン (赤色球) によって媒介される。(b) タンパク質 (黄色) は、表面に負に帯電した部位、酸性残基 (青色球) を有する。負に荷電した部位は、多価カチオンが媒介して互いに引きあう引力パッチとなる。この引力パッチを利用したタンパク質ナノ構造作成もあり得るでしょう。

 我々は、液体の統計力学理論である積分方程式理論を用いて、生体内溶液と同様に電解質溶液に浸漬された負に帯電した巨大分子 (マクロアニオン) の間の有効相互作用を計算しました。その計算結果は、マクロアニオン間には引力相互作用が現れる場合が有る事を示していました。つまり、一見常識を全く裏切る様な結果が出たのです。その際、引力は小さな陽イオンによって媒介される事も示されました (図3a)。興味深いことに、この実効引力は、特定の電解質濃度の下で現れこともわかりました。すなわち、これらのマクロアニオンは、希薄電解質濃度で互いに反発するのですが、濃度がmMオーダーになると実効的に引き合う事が分かったのです。しかし、更に電解質濃度が高くなると実効引力は消えてしまう事も分かりました。このリエントラントな挙動は、酸性タンパク質の凝縮およびDNA凝縮の実験結果においても観察されています。最近は、以上の研究を基盤にして、分子モータータンパク質の凝集や蛋白質溶液の相挙動を研究しています (図3b)。

3.2 溶媒分子の並進運動効果によって駆動される実効引力

 科学の啓蒙書にしばしば書かれている様に『エントロピーは乱雑さの指標』なのでしょうか?私の答はノーです。つまり、『乱雑さの指標ではない。』と言いたい。実際に、分子認識が行われる事によってエントロピーが増加する実験結果は非常に多くあります。また、結晶が出来る事でエントロピーが増加する事もあるのです。アルダー転移で知られていますが、定積条件下での剛体球の結晶化過程においては、エントロピーは大きくなります。同様な考え方で捉えられる現象は非常に多く、自己組織化プロセスはしばしば系のエントロピー増加を伴うのです。

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図4:(a) タンパク質などの表面への吸着過程における排除体積の減少は、吸着サイトに依存する。サイト1の排除体積減少量はサイト2の減少量よりも大きい。従って、Asakura–Oosawa理論によれば、サイト1の吸着の安定性はサイト2のそれよりも大きくなる。(b) 計算の結果。我々の理論計算は吸着サイトXe2を見逃したが、実験でも知られているサイトXe1、Xe3、およびXe4が予測され、安定性は適切な大きさであった。

 Asakura–Oosawa理論は、これらの現象を理解するための最も簡単な理論の1つです。1954年にAsakuraとOosawaは、希薄高分子溶液中における巨大球間のエントロピー駆動引力を提案しました。その際、巨大球間の引力は高分子 (ポリマー) の配置のエントロピーによって駆動されると考えていました。このアイディアは素晴らしいものです。しかしながら、溶媒分子の粒子性の影響は無視されています。この点に着目しました。Asakura–Oosawa理論の考え方を、定積条件下における溶媒分子の並進運動によって引き起こされるエントロピー駆動引力に拡大して適用してみたのです。我々の取り組んだ課題の1例として、ミオグロビンなどのタンパク質分子への麻酔分子の吸着という、分子認識現象の1つについての計算結果に触れることにします (図4)。図からも分かる様に計算結果から予想される吸着サイトや吸着安定性は実験結果と比較して妥当である事が分かりました。この簡便な理論がある程度うまく機能している事は、いわゆるvan der Waals描像が分子認識現象においても有効である事を示唆していると考えられます。

 また、水溶液の誘電挙動、高分子の拡散挙動、分子モーターなども研究しています。